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父の見舞いに福井へ行きました。

父の身体の具合が急に悪くなり土曜日に福井に帰郷しましたが、父の容態は回復し思ったほどの危険な状態ではありませんでした。
しかし、ベッドの上で寝ている状態が長いため腰が痛いらしくとても辛そうで、可哀相でなりませんでした。
しかし、聞き取りにくいながらも、何とか会話は出来ますのでいろいろと話が出来ました。
その会話の中で、父の母方の祖父のことは、初めて聞きました。
父の母は若くして(38歳)亡くなったとのことです。
そして、その母のおとうさん(私のひいおじいちゃん)は鈴木勘兵衛さんと言い幕末の武士だったそうです。そしてとても人徳のあった方で、父の実家の方の町ではとても名士だったと言う事でした。
そして病院の帰りに、私が幼かった頃一度連れて行ったもらったことのある父の実家の中角(なかつの)という町を訪ねました。
そこには小さな墓地があり何と「鈴木家」のお墓があるではありませんか!
周りをよく見てみると隣りにもあり、またこっちにもありで、この町には鈴木と言う苗字の家がたくさんあることがわかり、どのお墓が父の祖父のお墓か判らず困ってしまいました。
すると、そこに一人のおばあさんが通りかかったのです。
最初は遠慮して声をかけなかったのですが、しばらくして再びこちらを通りかかった時に、「すみません、私は鈴木勘兵衛さんのひ孫なんですが、勘兵衛さんのお墓はどちらかわかりますか?」と聞きました。すると、あっちですよ!とすぐに教えてくれたではありませんか。
勘兵衛さんのお墓は墓地の中で人気は大きな一番正面のところにありました。
さっそくお参りをしお経を上げさせて頂きました。
その事を翌日父に話したところ、父は涙を浮かべながら感謝をしてくれました。よほど嬉しかったのだと思います。

たった二日間ではありましたが、親孝行できて本当によかったと思います。

# by nanbunaoto | 2008-04-28 10:31 | Comments(0)

尊敬する父

父が入院しました。
もう86歳なので心配です。
明日福井に帰り容態をみてきます。
そんな事で、連休中はブログをお休みさせていただきます。
申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。

# by nanbunaoto | 2008-04-25 18:32 | Comments(0)

5月2日(金)はジャズライブです

横浜の関内駅から横浜スタジアムへ向かい、高速道路の横浜公園入り口そばの「ファーラウト」と言うジャズのライブハウスで5月2日にジャズライブを行ないます。
メンバーは
ジョニートッドさんピアノ。 ケイマスダさんドラムス。宮崎正秀さんベース。そして私のギターとボーカルです。
ジョニートッドさんは世界的に活躍する名ピアニストで、あのサミーディビスジュニアやナンシーウィルソン、ビージーズ等々アメリカの超有名な歌手やミュージシャンの伴奏や編曲を手がけておられ、テレビラジオ等の出演も数知れない方です
また娘さんはあのミニモニのみかちゃんです。
奥さんは日本人でとても優しい方です。もちろん日本語はペラペラ!ジョークも面白く今度のステージはとても楽しみです。
是非多数のおこしをお待ちしております。

# by nanbunaoto | 2008-04-24 11:41 | Comments(0)

九頭竜川

福井県を流れる一級河川に「九頭竜川」と言う川があります。
この川をテーマにして作曲したのが「九頭竜の流れ」です。
今、この歌に魂を吹き込もうと思いアレンジをし作品を仕上げています。
まるで、大きな九頭竜が川から天に向かって昇って行く様をイメージして作った楽曲です。
近日中にレコーディングをする予定です。どうかご期待下さい!

# by nanbunaoto | 2008-04-23 17:04 | Comments(0)

感動した話

私の尊敬する林覚乗住職の話しです。

ある学校のA先生は「初月給は親の為に使え」としつこく言われます。
先生は幼い頃、熊本で日用雑貨の行商をしていた両親のリヤカーに乗って育ちました。
貧しい生活でしたから、寒い日のお母さんは首にタオルを巻いていました。
お父さんの夢は、白いパンを腹いっぱい食べてみたいと言うことでした。
そんな記憶が残っていたものですから、初月給をもらった先生は、お母さんにネッカチーフを、お父さんにはトースターをプレゼントしました。
お父さんは余程嬉しかったのでしょう。一枚一枚自分で焼く旧式のトースターをその後永年、大切に使われたそうです。

その先生の話しを聞いたある信用金庫に勤める二十歳の短大卒の女性が、初月給を親のために使って喜んでもらおうと、両親をレストランに招待しました。お母さんは前日から、美容院にセットに行ったりして大喜び。  
ところが、お父さんはブスッと不機嫌な顔をしてついて来た。
「何を怒っているの」とたずねたら、「一回の晩飯ぐらいで、俺が20年間苦労して育てたことが帳消しになると思ったら、大間違いだぞ」と言う。
「そんなこと、どうして言うの?」と思ったけど、口に出しません。今日はめでたい日だし、お母さんは横でもうパクパク食べ始めているし、いまさら怒って帰れない。
しばらく天井を見つめていたお父さんが、ポツリと「ビールぐらい飲んでいいか?」とおっしゃった。「誰がビールなんかついでやるもんか」、そう思ったけれど、つがなきゃしょうがないなと思って彼女はお酌をした。
ところが、コップを差し出したお父さんの手には、20年間勤めたセメント工場での白い粉が、びっしり。 手の甲のシワと毛穴にまで詰まっていました。
それに気づいた彼女は「お父さんゴメンネ」と言いたかったけど、どうにも言葉になりませんでした。
自宅に戻ったその後、彼女がトイレに行こうとして両親の部屋の前を通りかかったら、中から話し声が聞こえる。どうせまた、お父さんが私の悪口を言っていると思ったら、それが違うのです。
「俺も五十いくつになるけれども、今日みたいにおいしいご飯は初めてだった。あいつの顔を見ていたら、俺は涙があふれそうになったから、天井しか見れなかったけど、なあお前、本当にいい娘に育ったなあ」。 その瞬間、彼女はそこから先に足が進みませんでした。
そのまま自分の部屋に帰って、頭から布団をかぶって「バンザイ!」と叫んで、布団の中で朝まで泣き続けました。
この話しを彼女は二十五歳の結婚披露宴の挨拶でしたんだそうです。
「先生の一言があったから、私は今、こうやって幸せになりました」。  
これが、私達が今、置き忘れてきた”情”の世界なんです。
点数にならない。そして、お金にもならない。しかし、それを大事にして育てていかなければいけないんです。

と、林住職はおっしゃられていました。
私の初めての給料は音楽学校に通っていた時に喫茶店でアルバイトをしていただいたバイト代でした。 私はこのお金で音楽学校で学ぶ為の電子ピアノを買いました。
狭い三畳間のアパートに置いたため寝る場所はいつもそのピアノの下でした。
その後プロのバンドに入り、もらったギャラのなかから両親に仕送りをしたことを覚えています。
でも、そのあとで両親からいっぱいお返しが来ました。
 とても嬉しかったのでしょうね!

# by nanbunaoto | 2008-04-22 10:27 | Comments(0)