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バンド時代のC調 回想記

「南部なおとのバンド昔話」は第10話で終了となりましたが、心優しい皆様の強いご要望があり、タイトルを変更し続けることにしました。
さあ!どんな話が飛び出すかご注目あれ!

バンド用語でC調(シーチョウ)と言う言葉があります。
サザンの桑田君の歌に「C調言葉にご用心」と言うタイトルの曲があったと思いますが、要するに平たく言えば「いいかげん」と言う意味です。
昔話で恐縮ですが、私が巷のハコバンドをやっていた頃は、このC調なバンドマンが大勢いた頃でした。
当時は、調上手いバンドから超下手なバンドまで星の数ほどあった時代で、楽器さえ持って入れば音を出さなくても金をもらえる時代でもありました。
要するにこのメンバーを「立ちんぼ」と言い、経営する店側に対して「ちゃんと人数はいるよ」とアピールして、ギャラを貰っていたのですから、いい加減なものです。
ステージにたくさん人がいれば、出す音が下手な音でも評価されたのです。
聴くお客さんも、目的は酒を飲むことと、ホステスの女性が目的ですから、バンドはあまり関係ないのです。
私も一度だけ立ちんぼを使ったことがあります。
それは、メンバーがドタキャンで来なくなり、やむなく女房にミニスカートを穿かせタンバリンを持たせて立たせました。(笑)
こんな話は山のようにありますので、思い出しながらお話ししたいと思います。

ある日、ボーカルを担当していた山ちゃんと言う演歌歌手がいて、彼は普段は陽気でお客さんやホステスの間で人気者なのですが、実は物凄い「あがり屋」なのです。
重要人物が聴きに来ているような大切な場面では、必ずと言っていい程、心臓を抑えてかがみ込むのです。
「ノミの心臓」と言うやつですね。
どうしようもないので、仕方なくもう一人ボーカルを入れました。
雄二君と言う二枚目なのですが、彼は元床屋さん。
私やメンバーの散髪をやってくれるのでとても助かりました。
二人はとても仲好しになり、当時流行っていたピンクレディーの曲の振り付けを完コピーしステージで歌いながら踊るので、店中大笑い!
あまりに受けがいいのでだんだん増えて行き5-6曲になりましたかねー!?
キーボードの健司君は大の女好きで、薄いサングラスをかけて、演奏しながら店のホステスをキョロキョロと物色し、電話をかけて呼び出し、デートをとすると言うとんでないC調男でした。
そしてある日、店の社長にばれて呼び出され、始末書を書かされるはめに。
危うくクビになる所でした。

今日はこんなところで、お恥ずかしい話はまた明日!

明日はレコーディングです。渡辺さんのキングクレオールさん7名のデキシーランドジャズバンドに演奏していただき私が歌います。
タイトルは「松之山パラダイス。
毎年新潟県の山奥にある温泉地、松之山でジャズフェスティバルをやっており、そんな松之山温泉の歌です。

by nanbunaoto | 2015-07-21 13:05 | Comments(0)

私のバンド昔話ー最終回ー

こうして私は20歳の時に始めて入ったバンドから今まで約45年間の間バンドマンをやっています。
かっこよく言えば「ミュージシャン」であり「アーティスト」ですが、今も変わらない、心は少年のギター小僧。
いつまでもギターを愛し、ジャズを愛し、歌も歌いベンチャーズのエレキもテケテケやっちゃう純なオヤジでいたいと思います。
現在、私サポートしてくれるバンドは「ザ・グルービーズ」です。
ベースの大久保君ドラムの新井君キーボードの国生君、そしてギターの瀬戸ちゃん。
彼らが私のオールディーズバンドのメンバーです。
9月6日(日)はこの素晴らしいメンバー達と一緒に私のバースデーライブ「蘇れ青春!飛び立とう盛春!」ディナーショーを行います。
また、レジェンドトランペッターの渡辺正典さん(通称ゴテなべさん)も参加します。
私のバンドマン人生はこれからも続きます。

「私のバンド昔話」最終回までお付き合いいただき誠にありがとうございました。

今日は「送春歌」のレコーディングです。
明日は「松之山パラダイス」のレコーディングを行います。
完成が楽しみです!

虹色コンサートの時の写真です。
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by nanbunaoto | 2015-07-20 11:13 | Comments(1)

私のバンド昔話。ー第9話ー

30年前、バンドの仕事は2ヶ所のライブレストランで。
大森の「オフオフ」(西友が経営)と横浜西口のハマボール内の「石の華」でした。
3-4時間の睡眠をとって会社に行き、眠い目を擦りながら知り合いや、近くの太陽神戸銀行の社員食堂へ行き、募集活動の毎日。
とにかく、毎月毎月がゼロからのスタートですから、いくら今月成績を上げても締め切りが過ぎればまた、ゼロになり再スタートになります。
(棒グラフが天井をはいずっていても、全て取り外されゼロに。)
「来月はもう駄目だろう!」と「もうこれでねた切れで駄目だろう」の繰り返しで30年間やってきたのです。
この仕事で学んだことは数多くありますが、一言で言うとしたら「意思あれば道あり」です。
気持ちの持ち方一つで道は拓けて来るものです。
勉強にもたくさんのお金を投資しました。

そして、大きな契約をとるきっかけになった出来事があります。
銀行の社員食堂で行員さんの食事の際、お茶くみをしたり、味噌汁を出してあげたりしていた私を見ていた支店長さんが、私の働きぶりを見て、ある日声がかかり「南部君はバンドをやっているそうだね、今度屋上で暑気払いのビアパーティーをするから、演奏してくれないか」と誘ってくれたのです。
私は即座に「はい!わかりました。ありがとうございます!」と答えたのです。
当日、仕事が終わってから銀行のビルの屋上で、ちょうちんを飾り雰囲気満天の手作りの会場で、私は機材をセットしギターの弾き語りで場を盛り上げました。
皆さんがビールを飲みながら拍手声援を送ってくれたり、踊ったりで大うけでした。
これがきっかけとなり、銀行の取引先を次々と紹介してくれるようになったのです。
「芸は身を助ける」と言う言葉がありますが、正に私のサービス精神が花開いたわけです。
紹介いただいた取引先の社長さん方にも喜ばれ「歌うセールスマン」として可愛がってもらいました。
そして大口保険の契約に繋がって行ったのです。
ビジネスチャンスは意外なところから発展していくものです。
食堂での地味でひた向きな姿が有ったからこそ、このチャンスがやって来たともいえます。
それでも、この保険の仕事でやっていける自信は全く持てませんでした、約10年間は。

この続きはまた明日!

昨日はトランペットの渡辺さんと打ち合わせをしました。
明日はレコーディングです。私が作曲した「送春歌」と言う歌を入れます。
また、来週の火曜日は「松の山パラダイス」の歌をキングクレオールのデキシーバンドでレコーディングです。
この2曲が完成したら「盛春の歌」のトランペット入りニューバージョンと一緒にカップリング曲として3曲入りで再プレスする予定です。

by nanbunaoto | 2015-07-19 10:13 | Comments(0)

私のバンド昔話ー第8話ー

30年前のことになりますが、あの時の事は鮮明に覚えています。
それは、私が始めてバンド意外の仕事で、しかも生命保険営業と言う形の無い商品を初めて買って頂いた時のことです。
それは、以前私のバンドマスターだったNさんが、私と女房を呼び出し「これからはバンドの時代では無くなる。この仕事をしっかりやれ。いいか!会社の奴らにバンドマンだとバカにされないように、この金を持って行け!一目置かれるだろうから。」
そして、何と現金で1000万円渡して下さったのです。
なんと言う思いやりのある行動でしょうか。
私は本当に有り難く、このお金で一時払い養老保険に入ってもらいました。
渡された現金1000万円を大切に風呂敷に包み、ハラハラドキドキしながら、会社に持って行ったのを今でも鮮明に覚えています。
それからと言うもの、私はどんなことが有っても、必ず目標の成績はやりあげて行く習慣を身につけて行きました。
そして1年後、夢に描き続けた運命の給料日がやって来たのです。
当時は、給料はまだ現金支給でしたので、職員の人達は給料日になると、封筒に入ったお金を貰います。
私は、入社する前に聞いた100万円の話が本当かどうか半信半疑だったので、それほど気にはしていませんでしたが、私が内勤に呼ばれ渡された封筒はやたらと厚く、恐る恐る覗いて見ると、なんと一万円のお札がいっぱい入っているではありませんかは!
やったー!!
あの話しは本当だったのです。
バンド稼業は、入った店によっては、常に引っ掛かったりして、損ばかりしていたものですが、仕事をやった分だけ必ず貰えるこの仕事に、その時改めて驚きと感動を覚えました。
バンド時代は、当たり前のことが当たり前ではなかったのですから。(笑)

この続きはまた明日!

昨日は本牧のゴールデンカップに行き、エレキ仲間と演奏を楽しみました。
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by nanbunaoto | 2015-07-18 09:41 | Comments(0)

私のバンド昔話しー第7話ー

むかーしむかーしのことじゃった・・・・・・。
あれは、私が当時CDではなく、まだドーナッツ盤レコードの頃、3枚目の作品「南へ」を出して、不発に終わり落ち込んでいたころ出会ったのが、ある生命保険会社の優績セールスレディー。
向こう見ずな自分の発言が原因で、営業所に訪問することになり、そこで聞いた1年後の給与100万円の言葉にスイッチが入ってしまい、入社を決意することに。
さあ、それからどうなったか・・・・・・前回のお話の続きです。

先ず、入社するには研修を受け保険募集の資格試験に合格しなければなりません。
朝の4時頃までバンドの仕事をしていたので、終わって家に帰り3-4時間睡眠をとり会社に行き研修を毎日受けるのです。
ずーっと夜型の生活だったがゆえに、朝の辛いこと!(涙)
気合を入れて起きて行きましたが、研修を受けてみると、その内容に、聞くことすべてが新鮮で「へー!世の中こうなっていたんだ。保険ってこんな仕組みなんだ! 税金ってこうなっていたんだ・・・等々」
一番前の席に座り、先生の話をテープレコーダーに録音し、家に帰ってからも聴きなおす毎日でした。
その努力のかいあって試験には無事合格、営業所に通う毎日が始まりました。
京急の井土ヶ谷駅にあるマンションの2階が最初のスタートの営業所でした。
もし、この仕事が駄目でも大丈夫なように、バンドの仕事はそのまま続けていた為、毎日睡眠時間は3-4時間。
当時は平尾昌晃先生のプロデュースする大森のライブハウス「オフオフ」に出演していました。
バンドのメンバーの一人が「日生のオジサンおはよう!」と冷やかされても、私は心の中で「今に見ていろよ、俺は必ず勝者になってやる!」と歯を食いしばって耐え抜いたのです。

この続きはまた明日。

昨日はキングズバーでセッションしました。
歌伴の面白さを感じながら大切な音使いに終始。
後で録音を聴いてみると、中々いいアンサンブルが出来ていて一安心。

NHKラジオ「きらめき歌謡ライブ」の出演を終え、ホッとしているところの写真です。
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by nanbunaoto | 2015-07-17 09:44 | Comments(0)

今日は特別号!号外

昨日はNHKラジオ第一の「きらめき歌謡ライブ」に生出演しました。
NHK505スタジオには五時に入りましたが、既にニューブリードのオーケストラは準備が出来ており、直ぐにリハーサル開始。
出演者の方達とスタッフも集まり順番にリハを始め、私は5時半ころからスタートしました。
渡辺正典さんのトランペットと一緒にステージに立ち簡単な打ち合わせを指揮者の方と行い、スタート。
私は、とにかく歌詞を間違えないことを肝に銘じ歌いましたが、まずまずの出来でリハーサル終了。
本番では、テンポを若干上げてもらうことを指揮者の方にお願いしました。
今回の出演者は、もと大関の増位山太志郎さん、永井みゆきさん、三条ひろみさん、高山厳さん、岸田敏志さん、西方裕之さんで私は4曲目に歌います。
NHKの中には広い食堂があり、ここで私のスタッフ達と食事をしやあと、さあ本番です。
衣装は3着持って行きましたが、その中で薄いピンク色のシルクのジャケットを着て、白のスラックス。
会場には約300名弱のお客さんが入っていて、熱気ムンムンです。
8時半頃永井みゆきさんの歌の後、徳田アナウンサーの紹介で私がステージに登場。
ヤマハのエレアコギターを抱え、徳田アナウンサーの質問インタビューに応え、渡辺さんを私が紹介。
さあ「盛春の歌」スタート!
バックオーケストラのテンポも良し。
ギターアルペジオを弾きながら歌いました。
心配していた喉の調子もお陰さまで問題なし。
リスナーに語り掛けるように、そして盛春魂を訴えかけるように熱唱、無事、歌唱を終えました。
緊張感から解放されホッとした時、廊下の向こうからプロデューサーがニコニコと駆けつけ「よかったよ!」と一言。
「自分の思いががリスナーの方々に伝わった」と確信した瞬間でした。
私の音楽人生の中でとても貴重な時間が過ぎ去り、今後の明るい未来をめざし思いを新たにしました。
お聴きいただいた皆さん本当にありがとうございました。
NHKラジオ第一「きらめき歌謡ライブ」宛てに、昨日の私の歌に対するご感想をお寄せいただければ幸いです。
出演前の楽屋での渡辺さんとの2ショット。
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今日はキングズバーのセッションに参加しようかな。

by nanbunaoto | 2015-07-16 10:27 | Comments(0)

私のバンド昔話しー第6話ー  「NHKきらめき」今日本番!

さあ、昨日の続きですが
なんとなくちょっと生意気なこの女性の正体は一体何だったのでしょうか!
バンドの5人分のギャラを一人で稼ぐと言うこの人は、実は某大手生命保険会社に勤務するセールスレディーだったのです。
「へぇー!凄いですね。どうしてそんなに稼げるんですか?」
すかさず私は質問しました。
すると、「保険営業は自分が上げた成績に応じて給料が入るので、青天井なのよ!ほっ!ほっ!ほっ」と笑うではありませんか。
負けず嫌いの私は「貴女がそれだけやるならば、僕がやったらもっと上を行くと思うよ!」と、不覚にも言ってしまったのです。
さあ大変! 「是非うちの会社に一度来てみない?」 「明日待ってるわ!」
とナンパされてしまい万事休す。
引くに引けなくなった私は、「参ったななー、よけいな事を言ってしまったなー・・・・・」と心の中で反省するも、
「まあいいか、一度冷やかし半分で行って見よう。」と会社訪問を決めたのです。
翌日、眠い目をこすりながら(夜型生活だった為に、昼間はめっぽう弱い)井土ヶ谷にある営業所を尋ねました。
するとビックリ!
その営業所中には、棒グラフや天井からの掲示物がびっしりと下がっており、「へー!これが保険会社か!」
音楽以外に何も知らない私はただただ、びっくり仰天でした。
そして現れたのが、昨日の女性と営業部長。
ニコニコと笑顔で私を迎えてくれましたが、何処となく場違いな感じの私はキョロキョロするばかりで落ち着きません。
会社の説明を一通り受けた後「今度、一度研修を受けてみませんか。
「きっと、あなたの夢が叶いますよ。子供さんの為にもきっと良いと思いますよ」
そして次の言葉が衝撃的だったのです。
「一年間、毎月コンスタントに成績金額の1億円を達成して行けば、1年後には100万円の給料が毎月貰えますよ」
この言葉に私の心のやる気スイッチが入ってしまったのでした。

この続きはまた明日。

今日はとうとう本番です。
4時半にNHKさんの西玄関に入り、リハーサルの後8時5分から505スタジオで生本番です。
少し緊張しますが、盛春を生きる皆さんの為に、いい歌を歌いたいと思います。
「盛春の歌(夢は果てなく) レッツゴー!!

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by nanbunaoto | 2015-07-15 11:06 | Comments(0)

私のバンド昔話しー第5話ー

ジャズコーラスグループ「トワイライトゾーン」はそんな訳で残念ながら解散。
そして、生活維持の為またハコバン稼業に専念する毎日が続くことになりました。
当時は未だカラオケが主流では無かったので、専属の生バンドを入れてくれる店もありました。
但し、色々なリクエストに応えなければならず、おかげで音楽ジャンルの広いミュージシャンになることが出来たのです。
ジャズ・ロック・ラテン・演歌・歌謡曲に至るまで。 任せて安心!(笑)
と、そんな時、横浜駅西口のハマボールと言うボーリング場の一角にあった「石の花」と言うライブレストランに出演していた時に運命の出会いがあったのです。
それは松宮さんと言うちょっと親分肌的な魅力のある素敵な女性がよくこの店に訪れて来ており、ある日席に呼ばれて世間話をしている中で、仕事の話になったのです。
「あなた方は全員でいくら位ギャラもらっているの?」と聞かれ、「そうですね、**くらいですかねー」と答えると、その女性は「それなら私一人の給料だわね」と言うではありませんか!!
「へー!このおばさんが!?」と心の中で思いましたが、すぐさま私は、「貴女はいったい何の仕事をしているんですか?」と聞きました。

さあ!この続きはまた明日。

明日はNHKラジオ第一「きらめき歌謡ライブ」に20時5分から生出演します。
もしお時間がありましたら、是非聴いてくださいね。
「盛春の歌」を心を込めて歌いたいと思います。

レッツゴー!盛春。

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by nanbunaoto | 2015-07-14 11:00 | Comments(0)

私のバンド昔話しー第4話ー

南部直登&ラブロマンスが解散となった後は、私は新たにトワイライトゾーンと言うジャズコーラスグループを結成しました。
「南へ」と言う私の作曲した歌が当時とても評判が良く、第一プロのプロデューサーの目に適ったのです。
TDKレコードから新たな旅立ちとなりました。
当時のこのグループは全員がやはりコーラスに参加しますが、アメリカのジャズコーラスグループ「フォアフレッシュメン」のナンバーのコピーをやったり、マンハッタントランスファーのナンバーをやったり、かなりレベルの高いグループでした。
メンバーは全員ジャズミュージシャンですので、ピアノ・キーボード、ドラム、ベース、トロンボーン、ギター、女性ボーカルと6人編成でボーカルのN・M子さんが「南へ」の曲を歌いました。
新宿のルイードで発表会を行い新聞紙上でも大きく取り上げられました。
東京FMのリスナーズグランプリで新人賞を取るなど中身の濃いバンドでしたが、ボーカルの女性はやはり女心と何とやらで、責任感がイマイチ・・・・・。
そして、アレンジ件トロンボーンが結核で入院。
良いバンドだったのに残念無念!・・・。
また巷のハコバンドに逆戻り。

この続きはまた明日!

昨日はレディオ湘南さんの「在津紀元の音楽鍋」に生出演しました。
ジャズ・ゴスペルシンガーの戸坂純子さんとコラボで1時間迫力のあるライブを行いました。
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by nanbunaoto | 2015-07-13 12:00 | Comments(0)

バンド昔話ーその3-

未だ24-5歳の頃でしたが、横浜の音楽事務所に中島さんと言う公務員出身の方がいて、昔ハワイアンをやっていたと言うことで、私のバンドが気に入り、メジャーデビューしないか、と言う声がけがありました。
断る理由も無く、単にヒットすれば有名になりギャラも上がるとの甘い話に乗り「南部直登とラブロマンス」と言うムードコーラスグループを立ち上げました。
7人編成のこのバンドは、私のギターのほかに、男性ボーカル(品川芳輝)テナーサックス(白石茂幸)キーボード(中川武)ドラムス・ビブラフォン・ベース・がいてコンボとしては大編成のバンドでした。
全員コーラスに参加し、毎日バックコーラスの練習。
「あーー!うーー!わわわわ!」この練習により発声の基礎が出来、後にソロ歌手として歌う土台となったのです。
ジャズギターはもちろん忘れることは無く、暇さえあればギターの練習をしていました。
そして大作曲家の平尾昌章先生と大作詞家の山口洋子先生により「あなた横浜私は神戸」と言う楽曲が出来上がりました。
そして日本コロムビアから晴れてメジャーデビューすることが出来たのです。
今思い出してみると、全員所帯持ちでしたので、収入を確保しながらキャンペーン活動をしなければならず、夜はナイトクラブで朝まで営業の演奏活動をしながら、昼間の活動ですので、これはかなり厳しく、満足にキャンペーンする事が出来ません。
一年が過ぎ、第二段の発売。
鈴木邦彦先生と中西礼先生の曲で「ガラスの人形」を発売し、ポップス路線に変更しましたがヒットせず。
そして解散。
仕方ありませんね。
しかし、昨年この頃のメンバーと再会し、一日だけの再編成でディナーショーを行いました。
懐かしのデビュー曲などを歌いとても楽しかったです。

この続きはまた明日!

昨日はシェリルさんでNHKのリハーサルを行いました。
その後、セッションに参加、9時まで練習しました。
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一昨日はキングズバーでセッション。
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今日は午後の8時から藤沢のレディオ湘南さんに生出演します。
今日も戸坂純子さんとジャズのコラボをします。
そして、僕はベンチャーズナンバーのエレキ演奏も!
インターネットで聴けますので是非聴いてくださいね。
「在津紀元の音楽鍋」と言う番組です。

by nanbunaoto | 2015-07-12 13:15 | Comments(1)